はじめに
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著書紹介
『脚本家―ドラマを書くという仕事』
『脚本家への道』と題して高校の演劇部時代から脚本家として自立して行 くまでの自叙伝が挿入されています。中園健司氏を理解する格好の書です。
【「脚本家」―はじめに】(巻頭言)
- テレビドラマを書き始めた頃、母親に「シナリオちゃなんか?」と訊かれ「脚本のことたい」と答えると、「脚本 ちゃなんか?」
と問い返され、説明に窮したことがありました。
さすがに最近では、脚本家とかシナリオライターという言葉を聞いて、わが母親の ような反応をする人はす くなくなたような気はしますが、つい最近でも「脚本家とシナリオライターってどう違うんですか?」と訊かれ
た ことがあります。
実際、多くの人がテレビドラマや映画や演劇に接しているわりには、その要となる脚本家の仕事については、 ほ とんど知られていないようです。
それがこの本を書く動機となりました。
- テレビドラマや映画、演劇など、いはゆる総合芸術とよばれる作品には、ほとんどの場合、「セリフ」や「ト書 き」などを文字で
書いたテキスト(本)があります。
それが「脚本」とか「台本」とか「シナリオ」と呼ばれるものです。
それを基にして全員で 作品を作り上げていくのです。そのため「脚本」は、家を建てるときに必要とされる「設 計図」によく例えられます。
つまり、 ドラマ(劇)の設計図を書くのが脚本家の仕事です。
- 特に映画やテレビドラマなどの映像脚本を「シナリオ」というので、シナリオライターとかシナリオ作家ともいい ますが、最近で
は、なぜかシナリオライターであっても「脚本家」と呼ぶことが多くなっています。
おそらく、映画でもテレビドラマでも、そのシ ナリオを書いた人は「脚本」とクレジットされるので、「脚本家」と 呼んだほうが一般的には馴染みがあるということなのでしょう。
そこで、この本のタイトルも「脚本家」としましました。
- 映画やテレビドラマの現場では、脚本、台本、シナリオ、そして単に「ホン」と、さまざまな言葉が飛び交います が、演劇の現場
では、脚本や台本とは言っても、シナリオとはいいません。演劇は、映像作品ではないから です。そして演劇の場合、脚本家は「劇作家」
と呼ばれ、演劇の脚本に限って「戯曲」ともいいます。
- 同じものなのに、さまざまな呼称があって、ややこしいなあと思われるかもしれませんが、まだあります。「演 出家」と言ったり
「監督」と言ったり「ディレクター」と言ったりもしますが、みな同じ仕事をする人のことです。
なぜこれらさまざまな呼称が入り 乱れているかといえば、ドラマ(劇)の表現形式が、演劇→映画→テレビドラ マというふうに推移してきたことによるものです。それに
ついては、後で詳しく触れます。
いずれにせよ、演劇、映画、テレビドラマ、そのすべての表現形式で最初に形として生み出され、 共同作業 の土台になるのが「脚本」です。
- 私はおもにテレビドラマの現場で仕事をしているので、このほんでは映像脚本(シナリオ)を中心に書いてい きます。ですから、
シナリオとかシナリオライターという言葉を使うかもしれませんが、シナリオ=脚本、シナ リオライター=脚本家と考えてもらって構い ません。
ちなみに、映画の現場では、脚本家のことを「ホン屋」とか「ホン屋さん」、あるいは「ライター」と呼んだりしま す。 テレビの現場では「ホン屋」はありませんが「ライター」はあります。実際の現場では、脚本を「ホン」、脚 本家を「ライター」と言う
ことも多いです。
気分がすぐれなかったり落ち込んでいたりすると、ひがみ根性が芽生え、自分が使い捨ての百円ライターに なった
ような気分になる時もあります。
- 人生はドラマの連続です。誰の人生にも無数のドラマがあります。
それをどのようにテレビドラマや映画や演劇などの作品 にしていくのか。
実人生で無数のドラマを抱えているのに、人はなぜフィクションとしてのドラマ(劇)を創り、観たがり、必要 と するのでしょうか。
- 本書は、脚本家という仕事について、私の経験に」もとづいて書き綴ったものです。
テレビドラマや映画、演劇に興味のあ る方に、その好奇心の一端でも満たしてもらえれば、そして、これから 脚本家を目指そうと考えているひとにとっては「入門書」の
ような役割を果たしてくれたら幸いです。
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【「脚本家」―あとがき】
- この本を書いているとき、なぜか大昔に流行った『フランシーヌの場合』という歌のフレーズが蘇ってきました。 1970年前後、
ベトナム反戦運動の渦中に生まれた歌です。
フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん
フランシーヌの場合は あまりにもさみしい
ほんとのこと言ったら おリコウになれない
ほんとのこと言ったら あまりにも悲しい
- 高校に入学し、不純な動機で演劇部に入った頃で、それがすべての始まりだったと、そう思ったのかもしれな いし、この本に書いた
ことは、あくまで「私の場合」ですと、そういう思いがあったのかもしれません。
- いずれにせよ「あの時代」がなかったら、私は脚本家にはなっていなかったと思うし、私の潜在意識をくすぐる 何かがこのフレーズ
にあったのでしょう。
- 脚本家に憧れる人を失望させるようなことを書いたかもしれませんが、夢があって楽しいだけの仕事など世間 にはおそらくひとつ
もないでしょう。それでも夢中になれるか、生きがいを見出せるかどうかです。ドラマを書く という仕事は、充分それに値すると思い ます。
2006年 夏
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(2006年:西日本新聞新書)
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がん闘病記 中園健司